カフェとか理不尽な怒りについての内観(当社比)
ずいぶんひさびさの更新となってしまいました。6月からカフェを始めて、バタバタと忙しくしております。おかげさまでお店の方はとても順調で、イベントや予約が続々と入り、ありがたい限りです!
こんなお店です↓
カフェについては、この辺にしといて(なんでやねん、宣伝いらんのか)
自分を内観して気づいたことがあったので、
その話しをします。すみません。
店を始めてみて、息子と向き合う時間が減ったのかな?と思いきや、
まったくそうでもなく(笑)
むしろ、幼稚園から店に連れて帰ってきて、そのまま息子と一緒にカフェでうだうだお話する時間が増えているような気がします。
カフェでお話なんて優雅っぽく聞こえるかもしれませんが、お察しのとおりバタバタしながら
「え?え?なんて?」とか、言いながら
テキトーな息子の話をテキトーに聞いているだけです。
掃除とか片付けとかしながら。
ときにお客様のお話し相手とかしながら。
…そして、今朝はひさびさにがっぷり4つでむちゃくちゃ怒り散らかしました。
私、そもそもまるで大人気ありません。だいにんき、ではなくておとなげ、の方です。念のため。
だってだって!あの人理不尽すぎるんですよ!奥さん!
朝のクソ忙しい時間に勝手にジュースを冷蔵庫にぶちまけて、失敗したという怒りを私にぶつけてわーわー言い出され、挙げ句の果てに拭くのも手伝わないで、幼稚園行かない、と言い出した‼
これ、私にとって理不尽以外の何者でもありません。
で、私、この出来事が起こる前の日に、
「理不尽な怒りをぶつけてくる人」
について考えていたんです。
なぜ、息子や旦那はたまに「理不尽な怒り」を私にぶつけてくるのか。
私は、いつも「きちんと話し合おうとしているのに」。
内観した結果、実はこれ、たまたまじゃないんです。
「私がそうさせている」んです。
なぜなら、
私自身が、理不尽な人に対していつも感じているはずの自分の「怒り」を
あまり出してこなかったから。
無意識に自分の感情を抑えこんでいたから。
小さい頃、理不尽に怒ってきた親や教師やいろんな人に対して、
「なんで理不尽に怒られなきゃいけないんだ!このやろう!もっと大人になれよ!クソ!私はそうはならない!もっと大人になってやる!」
って、めちゃくちゃ怒って。
そして怒りをまるで感じなかったように押さえこんで、
「理路整然と」
「話して解決」する「べき」
と思うようになりました。
でも、
「理不尽に怒ってはいけない」
と思っているから、
その「べき」を壊すような、蓋をしたい自分の感情をあぶり出すような出来事が起こるのです。そして、その度に心がざわざわします。
このとき、善悪や常識は関係ありません。
目の前の出来事は、
自分の心の中を映しだします。
「理不尽に怒ってはいけない」
というのもまた、偏った思い込みなのでごわす。あ、ごわすになってもた。
物事を、「善悪」でジャッジするばかりになると、
たちまちそのジャッジによって自分の心の声や感情を
抑えこんでしまうことになります。
この場合、
「理不尽に怒ってもいい」
と、自分の前提を上書きすると、その感情を解放することができるようになります。
そうすると、もしまた同じことが起こっても、それが気にならなくなるのです。
で、前日にそこまで思い至りまして、
翌日の朝の出来事が起き、
ここぞとばかりに
怒り散らかした、というわけどす。あ、どすになってもた。
息子に怒る大チャーンス!
「こらええかげんにせぃよわれ」
的な。
「お前がこぼしたらわしが後始末せなあかんのかなんでやねん冷蔵庫むちゃくちゃやんけこらぼけいてもうたろか」
的な。
そこまで関西弁バリバリのおっさんぽくは言ってませんが、ニュアンスは近いです。
親がむちゃくちゃに怒ると子どもが萎縮してしまうと思い、自分の感情を我慢する、というのは、
まったく意味がないんです。(当社比)
特に
「自分の感情を我慢する」のは
悪影響のほうが大きいです。
「不自然」なんです。
子どもも周囲の人もそれを感じとっています。
なので、子どもは余計に駄々こねがひどくなったりします。
周囲の人が、こちらを困らせたり不安にばかりさせてくるように感じられたりします。
それは、
「自分の心が映した鏡」
です。
どこか偏っている前提があると、
人はとても苦しくなります。
苦しいことばかり起こるように思えます。
なので、今回の私の場合、
「理不尽に怒ってもいいし、怒らなくてもいい」
という、「どっちもアリ理論」を採用すれば
私は解放されます。
で。
はい、解放された~!
すると、さきほどまでの駄々こね息子が、
ぐずるでもなく、
淡々と
自分で制服とカバンを持ってきて、自分で着て、忘れ物チェックまでして、
しれっと、
「幼稚園早く行こっか」
とか言ったりします。
「怒るべき」と言ってるわけではなく、
私が感情を不自然に我慢しないだけ。
そうするとどうやら息子が安心するようなのです。
で、私も安心します。
そこで、私もいちおうチャイルドコーチングアドバイザーなので(ほんまかいな?)
「こぼしたときは今度から一緒に拭いて欲しい」
と伝え、
「うん、拭く~」
と言ってもらい、
「ありがとう!さっきめちゃめちゃ怒ってごめん。でも、ママあんなんされるのめっちゃ嫌やってん」
「いいよー」
「じゃあ仲直りしよ」
って、ハグアンドキスアンドクライ。クライはうそです。笑てます。
子どもは、作られた優しいお母さんよりも、
「自然体のお母さん」
が好きなんです。(当社比)
罪悪感や常識や世間体でがんじからめのお母さんよりも
「自分の感情を大事にするありのままのお母さん」
でいてほしいのです。(ほんまやで)
…信じるか信じないかはあなた次第です。
そんなオチ!
長々とありがとうございました。
私のセルフカウンセリングのお話でした。